サイコパシー あなたの日常に潜む、異常人格者

残念ながらサイコパシーは治るものではない(略)教育や生きている環境が人間をサイコパシーに育てることは不可能である。子供を持つ親はこの分野に関して勉強をする必要がある(略)サイコパシーには殺人犯の印があるわけではないし、実際に殺人に手を染めるとも限らない。彼らの多くは礼儀正しく、魅惑的な微笑みを持ち合わせている。(略)気がついたら、社員同士が互いに啀(いが)み合い、悪口合戦を繰り広げる状況が生まれている。こういう時にこの悪口合戦ゲームに “参加していない” のはサイコパシーだけである。

※色眼鏡(安物のヒューリスティック)の話です。染色体健常者の多くが持つ病気とは網膜の疾患。ヒトの網膜は訓練しないと機能しません。多くの人は自分の網膜は機能していると思い込んだままメンタライジングを学ばずに死んでいきます。トラブルの多くはメンタライジングを使えない人々が色眼鏡(安物のヒューリスティック)で判断したミス。さらにはそのミスの隠蔽によるもの。サイコパシーというのは単なる通りすがりの人になぜか貼られた呼称。知識のある人なら誰もがつけられる可能性のある言葉がサイコパシー(山羊)。山羊はスケープゴートの山羊。こうした言葉はコロナや放射能と同じで、わけのわからない人(抽象度の低い人。視点が低い人。蓼食う虫のような人)は死んでも理解できないシリーズ。蓼食う虫も好き好きの世界。蓼を食べさせる勧めるのがソシオパス(社会病質)。蓼を食べない人が向社会性サイコパシーと呼ばれます。ソシオパスとサイコパシーの視点は同じ。ソシオパスも虫(視点の低い人)に蓼を勧めますがソシオパス自身は蓼を食べません。蓼を食べた人がコロナで重症化します(高齢者以外では)。