福澤諭吉 フリーメイソン論

幕末の日本国内では大量の金貨(小判)が海外に流出して、激しいインフレ(物価が一〇倍になった)が起きていた。これが幕府が倒れた真の原因(略)オールコックらの公使仲間たちが、日本の両替商らとグルになって金貨を買い占め、巨大な財産を築いた。このオールコックの違法利得と手荒な強硬策に気づいた英外務省は、オールコックを急いで更迭し、本国へ戻した。奇妙なことだが四カ国の下関砲撃と、まったく同時に幕府による「第二次長州征伐」が起きている。この発動は八月二十四日だった。二一藩もの連合軍として組織した幕府軍が長州に到着する前に、英国との下関講和はすんでしまった。この戦争にはまだおかしな事実がある。下関砲台は完全に破壊、占領されたものの、戦死者は長州側一三名、連合国側一二名に過ぎず、総兵五〇〇〇名が一七隻の艦船に分乗して攻撃したにしては、双方の損害が軽微過ぎる。四カ国連合艦隊は幕府到着まで、もう少し待っていれば、海と陸から長州軍を挟み撃ちできたのに、なぜ、英国は攻撃を急ぎ、早急に和議を結んだのか。幕府中枢に、このことに鋭く気づいた者がいた。外国奉行から勘定奉行へ栄転していた小栗忠順だ。小栗は八月二十二日、桑名藩留守居役、高野一郎左衛門に、「これ(下関砲撃)は長州と連合国の双方が仕組んだ芝居ではないのか」という感想を漏らしている。この小栗の考えが正しい。

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