愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』2020年10月19日


唯一の答えは、ほとんどの人が恩寵の招きを気にとめようともせず、その助けを拒んでいる(中略)私は「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ないのだ」というキリストの言葉を、「われわれのすべては、恩寵によって恩寵へと招かれている、しかしほとんどの人がその招きに耳を傾けようとしない」という意味に解釈したい。(中略)恩寵への招きとは昇進、より高い力と責任を伴う地位への招き、だからである。(中略)恩寵への招きは、労の多い気配り、奉仕、必要とあらば犠牲を厭わぬ生活への招きでもある。それは精神的な子どもからおとなへの、人類の親になることへの、招きなのである。(中略)回心あるいは突然の恩寵への招きの経験は、「ああ、嬉しい」、現象と思われがちである。私の経験では、たいていの場合「こん畜生」現象である。(中略)恩寵に最も近い者が、彼らの授かった贈りものの不可思議な性格を一番わかっている(中略)もし自分を完全に律して全きを愛の人とすることができれば、神学にうとく神に思いを致すことをまったくしなくても、恩寵の到来に応じる準備は立派にできている。

※恩寵は今回5回目です。3回目までは毎回シンドイです。特に3回目までは。毎回どういう風に来るのかはわかりません。基本的に恩寵待ちの時間がほとんど(9割)です(実際にはこの9割とは60%)。3回目になると恩寵先延ばしにしたい気持ちも出てきます。意識できる部分は恩寵待ちの状態へは自分の意思で入れます。恩寵はいつ来るのか、何が来るかは毎回見当つきません。