サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

私たちの一部が時に望むものは、究極的には支配でき、私たち自身のものであると言うことのできる、自分たちのために働いてくれるラフプレイヤーなのである。奇妙に聞こえるが、ある意味では多くの者がサイコパスを求めている(略)異端、異能の集団に属しているのがサイコパスである。彼らは、人類が存続するかぎり遺伝子プールに彼らの諸特性を保存しておくというコストがかかり、平時にあっては社会のはみ出し者であり、享楽的寄生者であるにせよ、しかし非常時においては窮地を脱し、繁殖しつづける可能性がある。結局のところ、果たして私はサイコパスなのであろうか? カテゴリー的に分けるとすると、その答えはノーである。しかしこれよりもよい答えは、私は向社会的サイコパスである(略)私は怒りをコントロールすることが可能(略)悪いカードの組み合わせをもって生まれてきても、それは養育によって実際に克服可能である(略)私が天使でないことは確かである。しかし私はもっとワルになっていた可能性があったのだ。サイコパシーに関連する諸特性や遺伝子を社会から除去すべきだ、とは私は思わない。そんなことをすれば、社会は停滞し、私たちは排除されてしまう。

※サイコパシー役とは色眼鏡を使った相手が損(大損)する仕組みを開発した人。開発者。魔法の色眼鏡も色眼鏡。