もっと知りたいゴヤ 生涯と作品


ゴヤは、版画集『気まぐれ』にも見出せるように、制度としてのカトリック教会には批判的であったが、キリスト教信仰そのものを否定したことはなかった。(中略)少年の頃のプラドを訪ね、バルセロナとパリでの青春時代には「プティ・ゴヤ(小さなゴヤ)」と渾名されたピカソにとって、ゴヤは特別な存在であった。その意識は、今日では反戦平和の記念碑とされる《ゲルニカ》の制作時、ゴヤの《1808年5月3日》を通し覚醒した。

※食べて応援、免疫無視、この様子を眺めていると過去の戦争も同じ流れであったのだろうと推測できます。